脳内垂れ流しブロガー ななこです。
前回の3000文字好きな場所の続きです。
ルール上、本文にリンクが張れないので、本文終了後に前回のURLを張ります。
まだ前回分が未読で、先に前回分を読みたい方は画面最後のリンクからお読みください。
アルバイトは日中のトレーニングが終わってから。
だいたいいつも夕方くらいから、ジムとはそう遠く離れていない近くの倉庫で力仕事だ。
俺は、夜遅くまでひたすら荷物を運んでいる。
これでもそれなりの収入になるので、俺にとってはなくてはならない収入源だ。
アルバイトに行くにしても、トレーニングも兼ねてジムから走って行っている。
気分を変えるために、ジムからアルバイト先まで適当に時々コースを変えているのだが、ふとあのロードを日課にしている公園のことを思い出した。
アルバイト先は、ジムを挟んで公園よりも先にある。
なるべく長い距離を走るつもりで、いつもは公園に入るのを避けていた。中を突っ切るような形になるので、距離が稼げないのだ。
彼女と再会したあの公園。
不定期に来るのはわかったが、いつ来るのかはわからない。
なんとなく気になって、アルバイトに行くときにあの公園を抜けてみた。
いつもの桜の木。
あれ?
もしかして。
俺は自分の目が悪くなってないか心配だった。
日差しが傾きかけ、やや影が伸びている先に彼女がベンチに座っていた。
間違いなく彼女だった。
いつもなら走って抜けてしまうし、今もアルバイトに行くために走っていたのだが、俺は走るのをやめて、そのまま桜の下まで歩いて行った。
彼女は本を読んでいた。
俺は、ゆっくりと歩いていき、彼女のそばまで行ったときに足を止めた。
このまま黙っていたら変人と思われる。
ここで何もしないで引くわけにはいかない。
俺は勇気を出して声をかけた。
「あ、あの、この前、病院で」と言いかけたら彼女が顔を上げた。
ちょっと戸惑っているようだった。
「えーと。ほら、この前、病院で倒れたときに、俺のこと助けてくれた・・・」
と笑顔で言ってみた。この先彼女が思い出してくれることを願って。
彼女が俺の顔を見て笑顔でいてくれたが、しばらくの間無言だった。
ヤバい。
もしかして覚えてない?
このまま「あなた、誰?」とか言われたら、俺、ただのおかしいやつじゃん。
この場をどう保ったらいいのかわからなくなって、俺は笑顔のまま頭を掻くしかなかった。
「あ、あの時の?顔とかにもケガされてて。確か・・・」と彼女がようやく思い出してくれたようだった。
俺はこのまま終わりたくなかったので、そのまま畳みかけるように言ってしまった。
「そうです、そうです!あの時の!万丈です!」
まずい。
何だ、その変な自己紹介は。
「ふふっ。ふふふっ」
勢いよく変なことを言ってしまった俺の言葉のせいか、彼女は思わず吹き出した。
「ごめんなさい。笑ってしまって。でもいきなり名前言うから」
まだ吹き出してしまうかもしれないという感じで、彼女がこらえるように言った。
「あー、いや、ごめん。俺もなんか変な言い方になっちゃって。でも、ずっとあの時のお礼を言いたくて」
俺は半分しどろもどろになりかけていた。
ずっと待っていた。彼女にまた会えるのを。
こうやって話すのを。
ロード中にも彼女がいるのはわかっていたから、会ってないわけではないが、彼女が俺の存在を知っていたかなんてわからないし、ずっと声をかけられなかったんだ。
「ところで、君、時々この公園に来るの?」
俺は自分の気持ちをもう止められなかった。
いきなりそんなことを聞いたら警戒されてしまうかもしれなかったが、構っていられなかった。
「うん、時々ね。来れるときにはいつでも」
俺の質問に彼女は戸惑っていたようだったが、笑顔で答えてくれた。
「そういえば、前にも朝の早い時間にいたよね」
「え、うん。なんでそんなこと知ってるの?」
「いやー、俺、実は毎朝ここで走ってるんだけど、時々君を見かけてて。あの時もお礼を言わなきゃって思っていたんだけど、トレーニング中だったから足を止められなくて」
彼女が何を考えていたのかはわからないが、ふと何かを感じているかのようだった。
「そうだったんだ。私、全然気づかなかったみたいで」
「あ、いいんだよ。別に。だって、薄暗い早朝からこんなのに声かけられたらびっくりするだろ?それに俺フードかぶって走ってたから顔なんてわからないし。全然平気」
俺はずっと会いたかった気持ちと声をかけたかった気持ちを思い出しながら、そう言うしかなかった。
「えーと、万丈さん?」
胸がどきどきした。
自分でも、何を言ってるのかわからないが、思わず言ってしまった。
「あ、俺の名前は万丈龍我です。万丈くんでいいよ」
なんで、いきなり万丈くんでいいよなんだ、俺。
「万丈くんは、毎日ここを?」
「うん、毎日ここで朝走ってる。トレーニングしてるから」
「えと、私は小倉香澄っていいます」
彼女がちょっとうつむいた。
「あ、あの、俺、香澄さんって呼んでいいですか?」
無理やりすぎたかな。
彼女には万丈くんて呼んでもらうのに、俺が香澄さんて呼ぶの。
「ふふっ。万丈くんて面白い」
やっぱり俺、変?
彼女はそのまま、笑いを堪えるかのようにしばらく下を向いていた。
少し間があった。
「ごめんなさい。こんなに笑っちゃって。でもいきなりこんなこと言うなんて、面白くて」
彼女は笑顔だった。
気がついたらアルバイトの時間が迫っていた。
「あー!時間!ごめん。俺、これからバイトで。あのさ、また会えるかな」
会ってまだ大した話なんてしてないのに、俺は何を言ってるんだ。
「私も時々ここに来てるから、そのうちにまた・・・」
彼女は少し言葉を止めていたけど、公園に来るっていうのは確実みたいだ。
彼女の反応は悪くなかった。
これって期待していいのかな。
「じゃ、また!ごめん。もう行かなくちゃ」
アルバイトに遅刻しそうな俺は慌てて、そんな挨拶しかできなかった。
「うん、またね」
彼女の言葉を聞いて、まだここにいたい気持ちを押さえながら、俺は走り出した。
今度からアルバイトに行く前に、もう少し早くジムを出よう。
そんなことを考えながら、次に彼女に会えるのが待ち遠しかった。
初めて彼女に声をかけてからは、もう何かのきっかけなんていらなくなった。
俺は毎日アルバイトへ行く前に、必ずあの公園を通る。
毎日ではないが彼女が公園にいるときには、話をした。
昨日見たテレビのこと。
俺がアルバイトで失敗した話。
これからの夢のこと。
ほんの少しの時間だけど、そうやって会えたときに話を重ねて行った。
彼女は俺の話に耳を傾けてくれた。
いつも笑顔で。
気がつくと、話しているのは俺ばかり。
ふと、これじゃまずいなと思って、思い切って彼女のことも聞いてみた。
「あのさ、俺って毎日アルバイト行くから毎日ここを通るし、朝はロードやってるから、やっぱり毎日ここ走ってるんだけど、香澄さんはどうしてこの公園に?」
「体調がいいときに、外の空気に触れたくて。私ね、あの病院に入院してるの」
「え?」
それから彼女は自分のことを話してくれた。
時々公園に来ているが、もう長い間ずっと入院していること。
来れるのは体調のいいときだけで、最近まで出られない日も多かったこと。
彼女の病気は手術しないと治らないこと。
俺が倒れたときに、偶然彼女が通りかかったのは、外から戻った後らしかった。
そうだよな。
そうじゃなきゃ、あそこで出会って、またこの公園で会うなんてないよな。
「あのさ、香澄さんはここに毎日来れるわけじゃないだろ?もしよかったらなんだけど、俺がここを通ったときに香澄さんがいなかったら、病院へお見舞いに行っていいかな?」
俺がいきなりそんなことを言ったからか、彼女は少し戸惑っていた。
「あ、迷惑だったらいいんだよ。そうだよな。俺が行ったらおかしいか。怪しまれるよな。まだそんなに・・・」
「ううん。ごめんなさい。そうじゃないの」
彼女は首を横に振った。
「今までずっとここで話してたから、ちょっと驚いただけ。それに私、ここに来るときに着替えてから外に出ているから、病院で会ったら恥ずかしいかなって」
しまった。俺のばか野郎。そうだよ。俺も入院してたときはパジャマだったじゃないか。彼女が気にするのは当たり前だよ。
あの時俺を助けてくれたときは、外から病院に戻ったときだったからワンピースだったんだ。
「そうだよな。ごめん。そこまで考えていなかった」
毎日会えなくても、公園で会えるだけでいいじゃないか。
「あ、でも、いいの。勝手に私が恥ずかしいと思っているだけで。私も万丈くんと話していると楽しいし。元気が出るし。ちょっと勇気がいるけど・・・来てくれるなら」
今日は何かいい日なのか。
「本当に?!本当にいいの?!よっしゃー!」
思わず大きな声で言ってしまった。
「ふふっ。ふふふっ。やっぱり万丈くんて面白い」
彼女は相変わらずかわいい笑顔だった。
それから俺は毎日のように彼女と会うことになった。
天気のいい日は公園で。もちろん彼女の体調もよければ会える。
公園に行ってみて彼女がいなければ、そのまま病院へ見舞いに行った。
時々体調が思わしくないときもあって、彼女が静かに眠っていることもあった。
何もしてやれることがなくて、ただ側にいて見守ることしかできなかった。
もしこのまま彼女の病気が治らなかったら。
ある日見舞いに行ったときも彼女は眠っていた。
ふと見ると、ベッドの脇から手が少しだけ出ていた。
俺に何かできる力があればな。
触れてはいけないと思っていたが、気持ちが抑えられずに、彼女の手を握り締めた。
初めて触れた彼女の手は温かかった。
「万丈くん?」
彼女が目を覚ましたので、俺は慌てて手を離した。
「あー!ごめん。起こしちゃったみたいで」
「ううん。今日は少し体が重くて」
彼女が目を覚ましたタイミングが悪かった。手を握ったのがバレているかもしれない。
なんだかそこに居づらくなってしまい、今日はもうアルバイトに行く時間だという理由をつけて、病室を後にした。
彼女が外に出てきたのは、それから数日後だった。
ずっとずっと気持ちを閉じ込めていたが、俺は彼女に思い切って気持ちを伝えることにした。
「少し落ち着いた?顔色もよさそうだし」
「うん。この前のがひどかったのかも。眠ってばかりだったでしょ。あまり話ができなくて、ごめんね」
「いや、俺のほうこそ何もできないで、いるだけしかできなかったけど」
「ううん、いいの。それから、お花、ありがとう。目が覚めたときにかわいいお花が花瓶にあって。なんだか気持ちが明るくなった」
「あんなのでよかったかわからないけど、病院て殺風景だろ。少しでも明るい色があればなって」
「私、本当にうれしかった」
「あのさ、香澄さん。俺・・・俺」
チャンスはここしかないぞ、俺。
「俺、俺と結婚してください!!」
え?あれ?おい、俺今何言った?
今、ものすごい何かをすっ飛ばして行かなかったか?
元々頭が悪いのはわかっているが、こんな順番間違えるなんて、どうかしてるぞ。
俺がいきなりそんなことを言ったのがまずかったみたいで、彼女から一瞬笑顔が消えていた。
俺は取り繕うしかなかった。
「あ、ははっ。俺何言ってんだ。香澄さん、違う、違うんだ。俺、本当は初めて会ったときから気になってて、好きだって言おうとしたら、何を間違えたのか・・・」
彼女を見ると、顔を下にうつむけていた。
そうだよな。やっぱりだめだし、いきなり結婚してなんておかしいよな。
やっちまったな。
かすかに声が聞こえる。彼女の肩が震えていた。
「ふふっ。ふふふ。ふふふふふっ」
彼女が顔を上げた。笑顔だった。
「ふふっ。ごめんなさい。笑っちゃって。万丈くん、面白い」
やっぱりやっちまったか。笑われてる。
「あ、ごめん。本当、俺。あの、今言ったこと忘れてくれ」
笑われたし、面白いって言われて、あきらめたほうがいいよな。
「そういう意味じゃないの。万丈くん、いつも唐突で、でもまっすぐで。だからいつも私、楽しくて。面白いって言っちゃうけど、それが好き」
それが好き。
好き?
今好きって言った?
でも、好きっていろいろあるよな。
どう考えたらいいんだ、こういうときの好きは。
考えててもわからない。当たって砕け散れ。
散りたくはないけど。
「えっとさ、その好きって、どう俺は受け止めたらいい?単に面白いやつみたいな?」
「そうじゃなくて、いつも私を楽しませてくれる万丈くんのこと、気がついたら気になってて。いないと寂しいなって」
もしかして、これは期待していいやつ?
さっきは変なこと言ってしまったけど、ここはまじめに、きちんと伝えないと。
「香澄さん、俺と付き合ってください!!!」
俺は頭を下げながら、彼女に握手を求めた。
俺は目を閉じたまま、頭を下げていたので何も見えない。
ふと、俺の手に柔らかいものが触れた。
温かい。
俺は目を開けて、頭も上げた。
彼女が俺の手を握り、やさしく微笑んでいた。
続きます。
前回のお話のリンクです。

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