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「保育園落ちた日本死ね!!!」がもたらしたものは、保育園ではなくて福祉の崩壊

保育園落ちた日本死ね!!!

 

2016年の流行語大賞に選ばれましたが、正直、このワードで大賞というのがどうかと思ってます。

先に忘れないように書いておきます。

保育所における保育の定義は「養護と教育」です。
養護と教育を一体的に行う児童福祉施設が「保育所」です。

あの記事によって保育所の整備が大きく進められてきていますが、本当にそれでいいのかというのが疑問だったためまとめてみました。

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加速した保育所整備

「保育園落ちた日本死ね!!!」は、はてな匿名ダイアリーに書かれたものですが、当時の反響が凄すぎましたね。

国会にまで取り上げられて。
取り上げられたことによって、前々から待機児童問題で少しずつ増えてきていた保育園がこのブログによって、それまでの対策が加速した気がしています。

待機児童が解消されないからと2015年に子ども・子育て支援制度として小規模保育国の認可事業として位置づけられました。

小規模保育の場合、有資格者の人数や園庭の設置などに対しても通常の認可保育所より緩和された要件で運営できるので、大きな保育園よりも作りやすいということで数が少しずつ増えてきていました。

 

さらには認可並みの利用料というのもあるため、今まで待機児童だった子どもが入れるようになり、待機児童対策として効果をもたらしていたと思います。

それと並行して、2015年から保育士試験を年2回の実施にする動きが出てきました。
2016年には全国で試験の年2回化。

ただし、待機児童数はいたちごっこで、0になるどころかなくなる気配がなかったわけです。

 

そこに来て、「保育園落ちた日本死ね!!!」が世間を騒がせることに。

 

私はあれを読んで、気持ちはわかるけど、言葉使いが汚いなでした。

いや、わかるんですけどね。
あの言葉遣いしたいのも。
そう書かなければならないくらい切羽詰まっていたのも。

その後、書いた本人の年収までもが推測されていて、高収入なんだから保育園いらないだろと非難を受けていましたが、入れない人の代表として考えるのであれば、誰でもいいわけで。

また、これ以前に「保育園増やし隊」のようなグループもありました。
特に杉並区で、区役所前で母親たちがコールする姿は、今もまだ覚えています。(マスコミがやらせたみたいですけど)

 

杉並区での集会は全国的にも、こんな方法があったのかと、不承諾通知に対して不服申し立てをすることも流行ってました。あの当時ですら、保育園を増やそうとする動きがあり、それが数年続いていたのに、突然の「保育園落ちた日本死ね!!!」。

 

これの何が凄いか。

杉並区は集団で直接区役所に行き、異議を唱え、現状を訴えと行動していたのに対し、「保育園落ちた日本死ね!!!」は、匿名で個人が書いたのに国会まで動いた。

 

誰か政治家が操作しているのではという憶測もありますが。

 

匿名のブログによって、保育園を増やそうという動きが加速したのは間違いありません。

小規模保育を増やし、保育士の数も増やそうという動きだったのに、さらなる加速。

個人的には保育士試験実施は年3回にはならないとは思いますが。

 

保育所整備が加速したなと感じたのは、企業主導型保育事業が策定されたこと。
助成金が出るので、企業が今までできなかったことができるようになるんですね。

助成金がなかったら、企業が保育園作らなかったでしょう。

 

そして、企業主導型保育事業の場合、面積や配置基準は小規模保育と同じでいいので、少ない資金で保育園が作れることになります。

企業主導型保育事業実施要綱の概要

保育所整備と並行するかのように一億総活躍とか女性の活用とか国が主体となって労働者を増やそうとしています。

少子高齢社会だから、確かに人手不足かもしれない。

「イクメン」が当たり前のように使われる言葉になり、育児休業を取る女性が増えて、当たり前のように復帰する社会になってきたとものすごく実感しています。

 

私が一人目を産んだときは、会社に2割が復帰、退職するのが8割みたいなくらいの感覚でした。

今のように保育所整備も進んだり、育児休業制度が浸透するようになったことで、ようやく女性が出産しても社会復帰できるんだって。

 

保育のサービス化

小規模保育ではなくて、企業主導型保育事業が出てきて、何を感じたか。

もちろん、それ以前から感じていたけれど、保育がサービス化してきていること。

最近増えているのが、保護者にとって楽なサービスをしてくれる保育園です。

とちょう保育園が鳴り物入りでニュースに取り上げられていました。

都庁職員と近隣企業に勤める人を対象とした保育園。

ここの保育園の売りが、モーニングカフェ、衣類の洗濯

都庁内保育所「とちょう保育園」が開所|東京都

契約形態がわからないので、マックス利用できるかわかりませんが、朝7時から夜10時まで。
(あと1時間でセブンイレブンのよう)

保護者には便利かもしれませんね。

 

カフェや洗濯は有料なので、もちろん使わなくてもいいし、必要性がないわけですが、売りってそれなの?となるんです。

使い勝手の良さも一つかもしれませんが、本来の目的とは異なるかなと思っています。

 

この売りだけが先に目立ってしまって、保育って何だろうと預ける側も考えにくくなってしまっていること。

 

仕事をしていると効率化、利便性にとらわれてしまうんですが、保育はこの真逆だと思っています。

 

とちょう保育園のように便利な保育園が目立つようになったことで、企業主導型保育もそちらに流れていくように思います。

便利だけど、ちょっと考えてほしいです。

誰がそこに行くのか。
誰がそこで生活するのか。

 

「保育園落ちた日本死ね!!!」で保育所を増やす動きが加速し、企業主導型まで作り出してしまった。

数が増えたけど、その保育園で本当に大丈夫?(おそらく大半の保育園は努力していると思います)

 

保育って、託児じゃないですよ?

単に子どもを預かって、ご飯食べさせて遊んでいるだけで終わらせてないですよ?

 

私が思う数が増えたことの最大の問題は、預けることが主体になり、保育が置き去りにされている状況です。

預かっている保育士さんたちは託児とは思っていません。
計画を立てて、一人ひとりの成長に合わせて活動を考えています。

 

まとめ

ページの先頭に書きました。

保育所における保育の定義は「養護と教育」って。

私はこの「養護と教育」を預ける側の一部の人や企業が託児化しているのではと思います。

便利に預けられるって、言い方悪いんですが、コインロッカーみたいなんですよね。

とにかく預けられたらいいみたいな風潮が、世間的にはないですかね?
ついでに便利だったらなおよしみたいな。

 

何を預けているんでしょうね。本当は。

 

このまま進むと便利で楽な保育園が増えたことで、子どもの生活を守ることができなくなるのではと思います。

 

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